4+1HOUSE
風土の中に
設計者の自邸である。
計画地の周囲は多くを田畑が占め、大地に散在する農家住宅や農業用倉庫が田畑と共に風景をつくっている。
この地域で生まれ育った夫婦は、この風景に溶け込む住居と郷土の自然を常に感じる事ができる生活空間を望んだ。
計画は比較的年中温暖な紀伊半島の気候特性を享受し、いかに郷土の自然と五感でつながった住空間を実現するか、という事が大きなコンセプトとなった。
生活空間の環境について考える。縦直径12714qの地球の上、北端から南端まで3328qの長さに伸びる日本列島のそれぞれの土地には、断熱性能に区分けされた基準のみでは測ることのできない、自然要素の恩恵があり、また厳しさがある。
自然と住環境の中間領域も、地域の風土によってそれぞれ異なる、様々な在り方が存在する。
自分の住まいの設計をしていた2012年当時、2020年以降は、政府が決めた気密・断熱の値(建方)をクリアする住居以外は建築してはいけないという指針が発表され、大きな違和感を感じた。
どういった場所に住まうか、住まいたいか、どういった生活を人生のフィールドにするかは、人間としての根源的な権利であり、人生の選択であると思っている私は、その押し付けられた感じに大切な感覚を踏みにじられているようにさえ感じた。
熱負荷を抑えるため、窓を小さくし、気密を重視した建物は数値上は優良になる。しかし果たしてそれで良いのか。
同じ日本、市内でさえもそれぞれの立地環境は異なり、それを定量化して管理することには土台無理がある。そして、定量化できることだけで基準をつくって縛るということは、その基準は、たとえば風の流れやその場所の特性など定量化できないかんじること、心地よさがきれいさっぱり抜けてしまうということなのだ。
もちろん窓を小さく、気密を重視して空調を運転することに適した立地環境もある一方で、過密ではなく、将来的に大きな都市計画環境が変わることが考えにくい地方でのたち方が必ずある。
それを見つけるため、自身が育ったこの風土で、これからの自分の暮らしを見つめること、自身にとっての環境とのつながり方を考えることが設計の射程となった。
今計画では、住居内における人と自然の折り合いをつける調停者として、樹高7メートルのアオダモの木を屋内中心に根付かせた。
雨、風、光の無い空間では木は死んでしまう。と同時に人間もあるがままの自然の下で生命活動を行っていくのは難しい。
生活の中心に居る生きた樹が、自然要素のからまりしろとなり、屋内において暮らしと自然環境が混ざった空気を纏った場所を生み出す。
夏場の温熱環境は、アオダモの木の蒸散効果と、屋根面に施した断熱、遮熱、通気構成と、地域の卓越風の方角にあわせて設えた開口かで涼を得る。
内部の開口は季節、時間の陽光、方角を意識した計画とし、自然の風、光、雨を屋内に取り込むべく、ガラスを持たないエキスパンドメタルの大開口と、同じくガラスを持たない天窓を設え、屋内環境がアオダモの木と生活する人との折り合いがつく環境的中間領域を計画した。
今計画では、自然風を導くことで夏場のエアコンをつけないことも設定した。
夏場、周囲の水田の気化熱で冷やされ運ばれてくる涼風は窓を全開放にすると夜間就寝時は寒いくらいである。
冬場は天井までのペアガラス木製建具で暖房部を区画する。
季節にあわせて建築の気積を伸縮させることで生活と風土を応答させた。
一方、雨の多い紀伊半島では、台風の猛威に自然の畏れをみる。
台風時には普段は外気が常時流通している東、南、北のエキスパンドメタルの窓に簡単な合板を差し込み、嵐が過ぎるのを待つ。
開口部のたてるガタガタとした音を聞いていると、自然の怖さを感じつつも、この風土の中で暮らさせてもらっている実感を得る。
東の大開口は朝の光を空間に与え、南の開口は周囲の水田と稲苗に冷やされた夏季の涼風を呼ぶ。
天窓は木々に雨を落とし、屋内に木漏れ日のまだら模様を描く。
空間の中、光は人の生活と共に葉と遊び、四季、時間によって軌跡を変えながら巡っていく。葉は揺れては影を動かして風を表し、ポツポツと葉っぱを奏でては雨と唄う。
紀伊半島において、風土と調停する住空間を実現した。
自然環境の中 人間(私の身体)
人類登場の時期とされる6〜700万年前。
そのころの人は外敵から身を守るため、樹の上で生活をしていた。
以降、進化の過程をたどり狩猟生活を行っていた数百万年もまた、生活は森と共にあった。
『私たちの祖先が森から出て農耕文化の一歩をふみだしたのはたった12000年くらい前にすぎない。
それ以前の14万年をこえるであろう現生人類の歴史は森と分かちがたくつながっていた。
基本的にヒトという種もまた、熱帯雨林を構成している数多くの動物、植物、微生物の中の一員である。』
(音と文明 大橋力)の文章に感銘を受けた。
人の脳は未だ熱帯雨林で生活していた鋳型を色濃く残しているから、現代に生きる我々も水のせせらぎ、風の揺らぎ、木々のざわめきなどに対して ほぼ無条件に心地よさを感じるのではないだろうか。
それは人間にプリセットされた環境コードである。
温熱環境の枠組みをこえて、ひとが快適と思う根源的なことに設計の射程をもちたい。
4+1HOUSEの半外部となるbuffer部分には鳥、蜘蛛、蛾、蝶、蛙、ミノムシなども住んでいる。
熱帯雨林の中で、他の種とつながりながら、生を共有していた頃の記憶。
現代においても至近距離に実在の生命体系を有機的に組み込んだ生活環境をつくった。
共存ではなく、共生する関係。
風土から、郷土、環境、そして素材であったり、祖先から受け継いだ遺伝子、生活、人間の身体のこと、心の状態、それらすべてのつながりのなかで住まいを捉えることを考えたい。
この住まいに住み始めて5年が経った。
妻は以前あまり気付かなかった木々の四季の循環を愛で、(蛙は相変わらず苦手だが)子供たちは葉っぱの下で風土の風に吹かれている。
エアコンはまだない
もちろん生命活動を脅かす環境をのぞいてだが、生物は常時極端に最快適な温熱環境でなくても、日々、季節に適応する能力を備えているのだ。
用途 住居+office
構造 1階壁式RC造2・3階木造
Completion 2013.7
三重県松阪市