2012.3.24

ようやく農転+開発許可 完了

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足掛け3年弱。

漸く自邸の敷地の農地転用許可と開発許可がおりました♪

記録として経過を記します。

H21 夏 敷地前にある赤道(建基法上の道ではない道)を道路として認定可能か役所に協議。

道は舗装されておらず、現在その道に対して立ち並ぶ家屋もなく、また道幅が4mにも満たない事から、これは43条申請の特例でも不可、特例の特例となるので難しいと回答される。
(隣の田んぼ2枚分を2m幅で買い取って旗竿地にして接道させようか考えるが、土地代以外にも、登記、測量代が予想以上にかかりそうなことを知り打ちのめされる)

その上計画地は市街化調整区域なので、通常住宅は建てれないので、法を調べる。

妻の実家が建基法制定時にこの地域に住んでいた戸籍であった為、その分家住宅としてならば建築可能と判明。

H23 6月 接道の件 最初の協議から粘りながら協議し、役所の親切な担当者の方のおかげで43条許可がおりる。

次に市街化調整区域なので開発許可申請をすすめる。いまだかつてない必要書類の山に圧倒される。
自治会長さん許可 水利組合放流許可 官民隣地境界立会 土地利用区からの脱退申請 関係役所各課協議(7課分) ・・・・etcetc・・・・
H23 12月 敷地が建基法上、自宅を建てれそうなので、銀行にローンの相談。

何とか借りれそうなので、農転、開発をぼちぼち進める。

H24 1月 農転の件、北側お隣の田んぼの所有者さんより影が落ちるので判子はやらんとTEL有り。
判子はもらわなくても法律上建築は可能だが、測量登記の隣地立会いの際に判子をもらえないと致命的なので、自邸計画の春夏秋冬の日影図を描き、説得に通う。

お隣さんの許可を頂く。

隣地立会いの承認で、両隣、裏の田の所有者さんに連絡し判子をもらう。

測量士さんに土地の分筆、測量を依頼。

分筆完了

農転+開発許可申請提出。(感無量。たくさんの方、関係機関に頂いた判子が押印された書類、たくさんの証明書の束がドラゴンボールに見える)

徹夜で書類を作成し、市役所に持って行くが、忙しそうで不機嫌な担当者に書類不備が多いので出しなおしとつっぱねられる。

もめると損なのでいつもはペコペコしていたが、睡眠不足も手伝って、何のためにこの前事前にチェックしてもらったんやとごねる。

なんとか当日受付してもらえたが、たくさんの嫌がらせを受ける。(書類に印紙を貼れといわれたので貼っていると、目の前で見ていた担当者が全て貼り終えたあと、印紙は書類2枚目とめくってきて、シールはがしで印紙をはがす羽目になる。申請書ぼろぼろ。投書しようと思ったが、踏みとどまる。)

H24 3月上旬 農地転用の現地立会い。問題なしと判断される。

H24 3月上旬 開発許可申請の訂正事項がたくさん届く。

H24 未明 敷地を造成するのに、43条申請をとった赤道ではダンプが入らない事が発覚。赤道と県道に挟まれた土地の所有者さんに通行と鉄板敷きの許可をお願いする。ものすごくいい人で、使わせてもらえることに。

H24 3月18日 配水管の放流先の道路占用許可を申請 受理される。

H24 3月18日 県庁に開発の訂正に行く。AM9時から訂正し、約2時間半かかる。当初コンクリートブロックで造成計画していたが、二次製品コンクリート擁壁に変更した為、たくさん訂正。賢そうな役所の人に、『こんなに時間かかるの珍しいでしょう・・・すみません。』というと
『正直申し上げまして・・・』と返答いただく。
訂正印で真っ赤ッカになった書類のたばを眺める。

H24 3月23日
めでたく、農地転用 開発許可がおりる。
長かった・・・・!!!でも、土地がひと段落すると、もうプランをいつまでも迷ってられないと尻に火がついたようで焦ります。

農転はまだしも、開発許可申請は二度とやりたくないです!

いよいよです。。。