2024.2.19

ジクザグダンダンギザギザ plasticpoemの気付き

 

 

 

 

先日、二見町に打合せに行った日のこと.

 

この海辺の町では、以前からたくさんの魅惑的な建物に出会うこと多し.

 

↑ なにこの倉庫. 開口と建物のバランス.ダンダンのヒサシ.時間を纏ったコンクリートに光る金属開口.

 

 

超絶カッコイイ。。。。

 

和製バラガン.名もなきバナキュラー建築だし.

 

 

 

 

 

不思議なお住まいだな。。どこの国に迷い込んだんだろう.

 

 

 

 

切妻型・平べったい切妻総2階・片流れ・スタデイしててもなかなか思いつかないです.このカタチ.

 

 

 

 

 

 

 

 

ギザギザ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンダン

 

 

 

 

 

なんとなく不思議なみち.冬の陽ざしもてつだって、寂寥感.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここも ダンダン + かまぼこ型の錆トタン・ 

スゴイ組み合わせだ・・・.

 

 

 

この時、ふと、最近読み終わった北薗克衛さんの詩を思い出した.

 

よく、詩は行間だ、ってな言葉は聴いたりしたこともあったけれど、

 

それは物理的な行と行のスキマ(配置)でもあるし、言葉にひそませた隠喩的、意味的な間でもある.

 

 

 

・・・と、ここまでは思っていたことだけれど、北薗さんの詩は

 

A  A  A  = 3A(すなわち意味はBですよ)

 

 

といった言語学のセオリーが通じず、

 

A  A  A  →  AS ERTG  GTFSSA   ■  ☆  QE HUU

 

 

というような感じで、言語の組み合わせで生まれる意味を越えた情感を想起させる詩だった.

 

 

ものづくりにおいて、材料たちの組み合わせ(とその置き方)で、材料の結合という結果としてのなにかをこしらえる.ということを越えて、これはまったく異なる何かを顕現させる術.

 

 

これが第三の行間だと気づく.

 

 

 

これは物体の配置にも同じことが言えるのではないか.

 

 

AとBを配置して 予期せぬ Y を生み出すこと.

 

 

 

先日、偉大なデザイナーさんからもこれに通じることを教えていただいた.

人間の大脳と小脳のあいだには間脳(視床下部)があって、ここは、ゼロコンマ何秒、物事を経験した時に自分の中で何があったか言語化、理解する(できる)その前に『何か』を感じる役割の部分であるそう.

それはコアエフェクトといって、仏様の白毫(第三の眼)にも通じるらしい.

 

人間がそれまでの経験で培った意味より先に生まれる(感じる)情感.情動.

 

まずは自分自身のそこと接続し、つくるもの、うまれるものに同期させていければ、それを呼び起こすことができるのでは、

 

 

そして、おそらくこの情感とか情動は、ひと単体の個体を境を越えて、共感していけるものではないか

 

 

 

と、北薗さんと、風景のモンタージュたち、出会ったかたに教わった、最近.

 

 

 

 

北薗克衛さん plastic poem

 

この言葉のない作品を観ていると、さらにこの感覚を覚えるんですよね.

 

 

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