2016.9.30

納戸の由来

最近、考察してひとり納得した事があるので、気付きと合わせてここに記録します.
「納戸」の由来.
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これは典型的な日本民家の基本間取り.田の字プラン.
田の字のいちばん奥まったところに寝室 「なんど」 がある.
古来、住居が発生した初源的なカタチは、天地根源宮造りと称される竪穴式住居といわれている.
以来、少しずつではあるが、形態を変化させながら、でも大きくは変わらず、日本における一般人の住まいのカタチは小さな一室空間が続いてきたと思われる.
鎌倉時代になると、武家は接客法の変化から一室の広い神殿構えでは不都合になり、身分相応ということに則って来客を応対するための必要から、室に上、中、下と各付けをした.
それに平安時代からの納戸を加えて、四室の田の字の間取りとし、これが定型となった.
この時代、武士と農民との交流は密接であったので農家の家の形式も武家造りに影響され、一般人の住まいにおいても仕切りをもつ田の字プランが定着した.
では平安時代からの納戸、とはどういうものか.
平安時代の貴族の住まい神殿造りというものはたいへん開放的な、ほとんど柱だけでできた建築様式であった.
そのため、出入りする戸以外の開口部がほとんどない四方を土壁に囲まれた塗籠(ぬりごめ)とよばれる閉鎖的な空間を設け、そこに高価な宝物を収納していた.(納殿)とも呼ばれていた.
そしてここは寝室としてもつかわれていた.
現代において納戸とはものを置く場所、として使われることが多いけれど、納戸の始まりはここだと言われている.
つまり納戸とは奥まった、大切な、守るべき、ある意味神聖な(秘めたる)場所だったのだ.
そう考えると、田の字プランにおいてもこの納戸という室が入口からいちばん奥まったところに配されているのもよくわかる.
納戸に人が寝る場合は ねま という呼び名にもなる.
純粋田の字からすこし崩されたプランの民家では、この ねま は2畳くらいの大きさのものが多く、布団や布団がない住まいではワラを室いっぱいに敷き詰め、万年床にしていた.
僕は個人的にこの2畳の寝室、という在り方はカプセルホテルのようで魅力を感じるのだけれど、この狭さは、当時暖房設備もなく、すきま風に対してもほぼ無防備だった住まいに住まう上での工夫のひとつだったと思われる.
ここでの気付きは、様々な事はその時代の必然からそうあることが多いので、住まいのカタチをただ形式的に昔がこうだったからとそのまま引用するのではなく、当時は難解だった問題をクリアした現代の住環境の中で、その系譜をどう生かしていくかを冷静に考えることが大切だということ.
実際、僕の自宅は寝室を4畳半に設計しているけれど、時々夫婦と三人の子供が一同にその空間で就寝するとなると、あきらかに気積(空気のボリューム)が不足している実感がある.(二人までだったら問題なく許容できるのではないかと思う.)
矛盾するが、ある場面では純粋にカタチがとても魅力的だということもあるので、その時は逆に機能や背景だけにとらわれずに、素直に判断するバランス感覚も重要.
今回の例では寝室などのプライベート性の高い室を奥まったところに配し、ねまのようなある種、神秘性を感じるような場所性をつくることに対してとても魅力を感じる.
実例.
下の写真は今年訪れた日本でいちばん古い民家ともいわれている箱木千年家.
右奥がなんど(ねま)
(写真傾いててすみません。。。)
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奥まった、入口以外に開口がない室.
やはりこの部屋にしかない独特の空気の質がある.
間取り、人が住まうこと、住んできた歴史、そしてそれをたらしめている風土って本当に興味深い.
ヨネダ設計舎ホームページURL http://www.yonedasekkeisha.com
米田雅樹 三重県 建築設計事務所